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一般社団法人バンビワゴンad+vent活動記録

理事長ブログ

途方に暮れていてばかりでも仕方がないので、子猫を抱き上げ車の中に一緒に入る。

子猫は怖がる訳でもなく、嫌がるそぶりも見せず、車の中をスンスンと嗅いで回っている。

人慣れと言い、車の中も怖がらないので根っからの野良猫でなく、捨て猫か迷い猫なのだろう。

だが周囲2キロは民家のない人里離れた工業地帯なので、迷い猫と言う訳でもなさそうだ。

とにかく、家に帰って食べれるようなら何かを食べさせ、今日は無理でも早めに動物病院に連れて行かねばならない。

なぜか「ならない」と言う使命感まで生まれてしまい、スピード違反にならない様に気を付けながら家に帰る。

家に着き、事の顛末を嫁と子ども達に説明して問題の子猫を取り出して見せれば、子ども達は大騒ぎをしていたが怪我の具合を心配そうに覗き込む。

嫁も文句を言いながら取り敢えず我が家のキジシロの使わなくなった猫トイレを子猫用に用意し始める。

子猫は家を怖がる訳でもなく、やはりスンスンと匂いを嗅ぎながら片方しかない目を大きくして興味深く家の中を見渡していた。

キジシロは威嚇する訳でもなく、珍客の子猫を最初はビックリした様に遠くから眺めていたが、しばらくすれば自分ではない猫の匂いをやはりスンスンと嗅いでいた。

保護した子猫がどんな病気を持っているか分からないし、いきなりキジシロのテリトリーに接触できる状態にするのは衛生的にも猫の心理的にも負担が大きかろうと判断し、子猫は今日一晩ベランダで過ごして貰う事にした。

ベランダにトイレと寝床をセットしている間、子ども達がドライフードに猫缶を開けて混ぜたものを持って来た。

これはキジシロのスペシャルご飯でもあるが、その匂いに敏感に反応した子猫はニャーニャーと甘えた大きな声を上げて子ども達の足に体を擦り付けている。

そしてガツガツと食べる様からやはりとてもお腹が空いていたのだな、と思われた。

人間もそうだが腹が減れば気分も滅入る。

私が子ども食堂を始めるきっかけの一つも腹が減って気分が滅入っている子どもがいるとしたら余りにも寂しい事だから、仮に厳しい環境にその身を置いていようと、週に一度あるいは月に一度くらい晩御飯の心配をせずにお腹いっぱい食べられる機会を作ってあげたかったからだ。

そんな事を考えながら子猫の食事を見ていたらあっと言う間に平らげてしまった。

余りに食事を与えすぎるのも、逆に悪いかも知れないので今日はこの位で食事を終わらせる。

食べ過ぎは体が受け付けないかも知れないからだ。

だがそうして暫く眺めていたが吐く気配もなく、子ども達に甘えている様子から食欲がある事と内臓にはダメージが無さそうなので一安心した。

さてそうなると次のステップとして子猫を病院に連れて行かねばならない。

健康状態の確認や血液検査、ワクチン接種など猫を保護するにはやらなきゃならない事は目白押しだ。

だがその前に先ずは折れた右足と潰れた右目を見て貰わねばならない。

緊急性がどうとかこうとか色々あるかも知れないが、とにかくケガを見て貰わなければ安心出来ないからだ、私が。

だが、次の日は仕事の予定が詰まっているので、子猫を病院に連れて行く事が出来ない。

なので明後日に病院を連れて行く事にし、明日は病院の予約や保護猫の団体さんに保護猫を引き取ってくれるか否か、そして里親も探さねばならない。

最悪の最悪、里親が見つからなかったら私が飼うしかない。

キジシロの譲渡会の時に見た幾匹の猫は皆、ケガもなくキレイな猫たちだった。

そんな猫たちが譲渡会で里親を探しているのに、ケガをして片目の無いこの子猫を飼ってもいいと言う人がいるとは思えないからだ。

まだ10月の半ばは夜もそんなに冷え込むことはないとはいえ、やはり朝はちょっと肌寒い。

そんな中に子猫が一匹ベランダで夜を明かすことにさせる事に罪悪感を感じたが、キジシロに病気がうつる事になったら困ってしまうし、いきなり知らない猫が入ってくるよりも良いかもしれない。

とにかく、今日は一晩我慢してもらおう。

野良のまま、草原で寝るより、ベランダの方がまだ屋根があって良いだろう。

そう思う事で自分を納得させた。

そしてその日の晩は眠りも浅く、次の日早く目が覚めた。

(一晩持たずにポックリ死んではいないだろうな・・・)

そんな心配をしながら恐る恐るベランダを覗いてみると、ベランダの向こうでチョコンと行儀よく座りながら室内を見ている子猫が見えた。

(良かった、生きてるな)

そう思い部屋に入ると室内からベランダを見ているキジシロの姿が目に入った。

キジシロもチョコンと座ってベランダの子猫を見ている。

子猫も同じ格好でキジシロを見ている。

その間、ガラス越しに30cm程度の距離。

だが、どちらも威嚇することなくただ互いに行儀よく正対しながら相手をただ見ていた。

(まるで刑務所での面会みたいだな)

別に刑務所の面会に行ったことはないが、何となくそう思える光景だった。

そしてなんだかとても可愛らしく、とても神秘的だった。

猫同士、目で会話しているように見えたからだ。

私はチョットだけ運命論者でもあるのだが、やはりチョットだけ神様を信じている。

猫を欲しい、と思っていたら性格のいいキジシロと出会う事が出来た。

私はその時にチョットだけ神様に感謝した。

(素晴らしい猫をありがとうございます)

と、ちょっとだけ心の中で思った。

猫にはきっと猫たちの神様がいて世の猫の平穏と安寧を願っているのだと思う。

元FMWの大仁田選手の「プロレスの神様」ではないが、神道にも通じた多神教的な考え方なのだと思う。

そんな猫の神様が私の願いを叶えた代わりに、ケガをした子猫を今度は私にチャンとした環境に送り届けるように指示したのだと考えていた。

願いを叶えて貰ったのだから、今度はそのお返しをしなければならないのだ。

勿論、こんなことを口走るととても変わった人間だと思われてしまうので、こっそり心の中で考えているだけだ。

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